2010年4月3日土曜日

SIMフリーについて考える。

さて、携帯電話のSIMフリー化のニュースが出てきました。中の人はSIMフリーについては、賛否両論であることを先に申し上げておきます。その理由は、最後までおつきあいいただければご理解いただけるものと思います。


まず、SIMフリーとは、どういうことなのか、について、簡単に解説しておきましょう。

SIMカードというのは、携帯電話に装着する、切手より一回り小さいICチップです。この中には、携帯回線の利用者として識別できるIDが入っています。電話番号なんかがそうですね。他に、キャリア(回線事業者)のIDなどが含まれています。携帯電話は、このIDを読み取って、自局番号を表示したりするわけです。つまり、SIMカードの役割は、「この人が使ってるよ」というデータを送受信するための基本情報が詰まっていると言っていいと思います。それ以外に、「通信するときの接続先(無線LANでいうところのSSID)は○○で、アンテナへの接続は○○」といった情報も含まれていますが、おそらくそこまでは使われていないのではないか、と中の人はにらんでいます(事実ではないかもしれませんが)。

今回のSIMフリー化、というのは、現状「SIMロック」という状態になっていることを意味しているのですが、これは、電話機に「受け付けられるのは○○社で発行したSIMカードだけにする」というロックがかかっていることを指しています。同じ用語で、「起動時に暗証番号を入れないと利用できなくするためのICチップ用暗証番号」もありますが、今回はその意味ではありません。このため、チップに含まれている情報のうち、まず発行した回線事業者を読み取り、設定した事業者ではない場合、「SIMカードが異常です」とか「このSIMカードはご利用いただけません」という表示が出てくることになります。そして、改ざんを検知するため、通信するときの接続先やアンテナへの接続についても、電話機に登録している情報と、チップの情報を比較し、一致すれば接続可能な状態になることも想定されます。ここも、情報の使い方については一部に誤りがあるかもしれません。

まずは、携帯電話を購入するときのことを考えてみます。

今の時点では、店頭で、使いたい電話機を選ぶと、ほぼ自動的に回線事業者が決まります。そこで料金プランを選び、契約と言うことになります。請求のタイミングや料金プランにもよりますが、まずは電話機の料金と基本料金、通話料金を支払う必要があります。本来であれば、電話機は電話機メーカーに支払われ、基本料金と通話料金は回線事業者に支払われるべき料金です。でも、電話機は、他の回線事業者のSIMでは使えないようにロックされていますし、支払いはすべて回線事業者に対して行います。ここが、普通の電話とことなるところです。普通の電話の場合、電話機の代金は電話機のメーカーに支払いますが、基本料金と通話料金は回線事業者に支払っていますね。

携帯電話の場合、機種によって回線事業者が固定される、ということは、魅力ある電話機を作ることで回線事業者が利用者を囲い込むことができる、というメリットを生みます。また、基本料金の一部を電話機のメーカーにキャッシュバックすることで、端末を比較的低価格で販売することができるというメリットもあります。この点は、月額料金を値下げする引き替えに、数年前に電話機の購入プランが変更されたことをご記憶の方もおられるかと思いますが、もうひとつのポイントが、このSIMロックにあります。他社に流さないようにするために、電話機のメーカーに対してSIMロックをかけてもらい、その見返り(というと言葉が悪いですが)として、キャッシュバックを受けているという現実があります。売れる電話機を作る、利用者が増える、月額料金の一部をキャッシュバックされるので、SIMロックを外せない、という循環ということもできるのかもしれません。

では、SIMロックが外されると、どうなるのでしょうか。

電話機のメーカーは、自前で電話機の代金を全額回収する必要が出てきます。キャッシュバックはSIMロックの時代ほど期待できなくなるからです。このため、電話機の代金は直接利用者から回収することになるので、電話機はその分だけ値上がりします。機能が減ったのに、料金が上がるというのも変な話ではありますが。キャッシュバックがなくなるか、という点は難しいのですが、仕組み的には可能だろうとは思いますが、少なくとも、電話機のメーカーが、回線事業者を特定することはできなくなりますし、たとえば通話ごとに電話機を変更することもできるので、これまでのような仕組みで継続することは難しくなろうと思います。

利用者から見れば、これはいいことのように見えるかもしれません。たとえば、A社の端末を、B社のSIMカードで利用できるので、回線事業者数と、電話機の種類の積だけ、利用できるパターンが増えるのです。あの電話機がほしいけど、今の回線事業者では使えない、と言うことがなくなります。これだけを見ると、確かによいことですが、デメリットもあります。それは、一般的には売れ筋ではないけれど、需要がそれなりにある、という電話機は、値上がり幅が大きくなり、それによる利用者の減少という悪循環が発生してしまうことが考えられます。

たとえば、ある機種を考えてみます。その機種は、声をゆっくり聞くことができる機種だとします(最近、ラジオにそういう機種がありますが、その携帯電話版だと思ってください)。こういう機種は、需要が爆発的に期待できるものではありません。しかし、需要としては堅調にあるわけです(高齢者向けの商品を想定しています)。ある意味で、売れ筋商品で得られたキャッシュバックで抑えられていた価格が、SIMフリーになるため、電話機の単価が上がります。もちろん、メーカーは全体での利益を最大化するための価格を設定するでしょうが、売れ筋ではない商品の単価は、原価を回収するため、売れ筋に比べて値上がり幅は大きくなります。すると、利用者は他の電話機を利用することになります。と、今度は市場が縮小傾向になってしまい、電話機が値上がりする、利用者が減る、売れなくなる、メーカーは作らなくなる、やがて商品の販売が止まってしまう、ということになってしまいます。これを回避するためには、普通の電話機と同様、福祉機器としての補助金を活用することになるのかもしれませんが、いずれにしても、今まで利用できた人であっても、これからのメーカー戦略によっては、電話の利用をあきらめることになる人が出てくるかもしれない、というデメリットがあります。

また、料金プランが複雑になることもデメリットのひとつです。

電話機と回線料金を合算することができなくなるので、電話機本体の販売と、回線の契約が別々に行われることになります。わかっている人にとっては、かなり便利になることは間違いないのですが、買う側としては、今まで以上に、買うときに電話機の買い方と回線事業者の選び方が問われることになります。回線事業者も、簡単に乗り換えられないような料金プランを出すことになるでしょうし、今でも契約の残り期間にっては、違約金が高額になってくることも予想されます。この料金プランをすべて把握した上で利用すると言うことは、これからは少々難しくなってくるのではないでしょうか。

メーカー側の事情についても考えてみます。

海外メーカーが日本でも電話機を販売できる、という記事も見かけましたが、従来から不可能ではありませんでした。日本の法規制により、携帯電話は無線機として扱われています。このため、無線機が違法な電波を出さないよう、新機種を作るときには技術適合審査というのを受ける必要があります。この法律は、当然日本国内で有効な法律なので、日本で販売するためには、日本の技術適合認定を受ける必要があります。これはどの電話機でも同じです。現状、海外メーカーの電話機でも仕様が同じであれば、技術的に使うことは可能ではありますが、日本の技術適合審査を受けていない以上、違法無線機となってしまうことになります(日本に海外の携帯電話をそのまま持ち込まれている旅行者の方は、その可能性が出てきます)。ただ、海外メーカーの電話機であっても、日本で技術適合審査を受けて、認定が下りれば、今でも販売することは可能です。

仕様が同じ、といっても、電波である以上、周波数が一致しなければ、何もできません。日本で割り当てられている周波数帯も、一部は世界的には特殊な部分だったりすることもあるので、そのために海外メーカーが日本向けの電話機を作るのか、若干議論がありそうです。

また、日本語は漢字を使いますから、日本語を利用できる電話機でなければ売れない、ということもあります。必然的に、日本のメーカーと、日本語化するだけのパワーのあるメーカーが日本の市場で生き残っていくのではないでしょうか。ただ、上記の通り、電話機単体で原価を回収する必要があるので、電話機は値上がりするか、機能を削って低価格になっていくことになろうと思います。ただ、売れないメーカーというのは、回線事業者からも保護されなくなるので、電話機事業から撤退するメーカーというのも出てくるかもしれません。

回線事業者はどうでしょうか。

電話機メーカーに支払うキャッシュバック分だけ、基本料金を値下げすることができます。そして、どの電話機でも使えるサービスを、どのように提供するのか、というのが勝負になります(この場合、通話よりもパケット通信サービスが重要となるでしょう)。または、特定の電話機だけで受けられるサービスを提供するかもしれません(先ほどの福祉機器などは、この事例になるかもしれません)。SIMカードには必要な情報が含まれているので、実はロックを外したとしても、料金プランに沿って料金は支払われるので、あまり大きなデメリットは見えないように思います。

長くなったので、この辺でまとめます。

回線事業者は、電話機のメーカーに支払うキャッシュバックがなくなるので、月額料金を下げることができます。ただし、料金プランで勝負する必要があります。特定の機種でなければ受けられないサービスを提供するかもしれません。

端末メーカーは、回線事業者に縛られない電話機を売り出すことができます。ただし、電話機の代金は自分で回収しなければならず、キャッシュバックをうけることができなくなります。このため、売れない商品はすぐに撤退するでしょうし、一定の需要が見込まれるであろう特殊機種は、受注生産などに切り替えることで、さらに価格が上がることになります。結果として、メーカーはある程度の淘汰が進むかもしれません。

利用者は、電話機と回線事業者の組み合わせが、より自由になります。ただし、電話機単体の価格が値上がりします。電話機本体の買い方と、回線事業者の料金プランの組み合わせを十分に理解していないと、思わぬ出費となることもあります。

いずれにせよ、これまで回線事業者を中心に回っていた、日本流のビジネスモデルが、それぞれ独自に責任を取らなければならないビジネスモデルに変化することになります。

これが良いことなのか、悪いことなのか。メリットがあれば、その裏にはデメリットがあります。それを十分に考えて、決めたいものです。